タンポポ1
歌舞伎町の天使



1980年冬・・・。
山道に1台の車が停められていました。
山登りにやってきた若者は、何気なく車内を覗き込み息を飲みました。
排ガスを車内に引き込み、家族らしい数人が重なるように眠っていました。
一家心中でした。
直ぐに警察に通報され、家族は病院に運ばれましたが助かったのは幼い女の子一人でした。
それから、20年・・・。

東京新宿の区役所の福祉課。
若い女の子が、封筒を差し出しました。
「これ、お願いします。」
受付の女の子が、それを受け取とりました。
「いつも、ありがとうございます。
善意は有効に使わせて頂きます。」
女の子が立ち去ると、受付の女の子は囁きあいました。
「あの子、毎月、凄い金額の募金をしていくけど、何者なんだろう?」
「きっと、お金持ちのお嬢さんが気まぐれでやってるのよ。」

女の子は、新宿の繁華街を歩いていました。
中央通りをコマ劇場に向かって最初の角を右折した仲見世通り。
そこに、その女の子が働いているソープランド「エンジェル」はあります。
女の子の名前は、マリンちゃんです。

「エンジェル」では、女の子一人一人に専用の個室が与えられています。
マリンちゃんの部屋は、2階の端にあります。
通称マリンちゃんの部屋です。
今日、最初のお客さんは、飛び込みで入ってきた村木と名乗る男でした。
ずっと無言で暗い表情の村木を心配してマリンちゃんが話しかけました。
「村木さん、元気が無いね。
何か心配事でも有るの?」
「いや・・・、君に言っても仕方無いから・・・。」
「どんなことなの?私でも、何か力になれるかもしれないから言ってみて。」
「実はさあ・・・、お袋が病気で、手術しないと命が危ないんだよ。
でも、費用に200万円要るんだよ。
そんな金、俺、持ってないしさあ。」
「200万円・・・、何とか出来るかも。」
「ええっ!?君が出してくれるのかい?いつ返せるか分からないぜ。」
「返すのは、いつでも良いよ!
今度、村木さんが来るまでに用意しとくから。
ね、これで、心配事は無くなったでしょ?
さあ、元気を出して遊んで行ってね!」

マリンちゃんは、仕事が終わると、店長に話しかけました。
「店長・・・、あのぅ、実は相談が有るんだけど・・・。」
「何だい?マリンちゃんが俺に相談なんて珍しいなあ。」
「ちょっと、給料の前借りをしたいんだけど・・・。」
「それは、原則的に出来ないぞ。ちなみに、いくらなんだい?」
「200万円・・・。」
「200万って、どんな事情があるのか知らないけど、大変な金額だぜ。」
「どうしても要るのよ。ね、店長、お願い!
私、今月、お休み無しで働くから!」
「そこまで言うんなら仕方ない。出してあげるよ。
でも、うちもボランティアでやってるんじゃないから、本当に休み無しで働いてもらうよ。」
「うわっ!店長、ありがとう!」

それから、マリンちゃんは、頑張って働きました。
それは、想像以上にキツイものでした。
心も身体も限界に達して、何度も倒れそうになりながらも、笑顔でお客達の相手をしました。
数日後、村木がやってきました。

個室に入ると、マリンちゃんは、直ぐに分厚い封筒を差し出しました。
「はい。約束の200万円。これで、いいんだよね。」
村木は、感激しました。
「本当にいいんだね。いつ返せるか分からないんだよ。
領収書渡そうか?」
「そんなものいいよ!それで、お母さんの病気が直るといいね!」

その後、村木は、姿を見せなくなりました。

数ヶ月後、「エンジェル」の客待ちの部屋で、他の女の子とテレビを見ていると
詐欺の常習犯が捕まったというニュースが流れました。
その容疑者の写真を見て、マリンちゃんは驚きました。
「村木さん!!」
名前も、村木では無く鈴木でした。

マリンちゃんに電話があり、事情徴収を受けるため警察へ向かいました。
一通りの調書を取られ、部屋から出ると、ちょうど連行されてきた村木ならぬ鈴木が
廊下の向こうからやってきました。
鈴木は、マリンちゃんを見るとニヤニヤ笑いながら言いました。
「騙されるお前が悪いんだぜ。」
マリンちゃんは、「お母さん、病気じゃなかったんだね。」と言って泣き出しました。
すれ違って、向こうへ行く鈴木の背中越しにマリンちゃんの声が聞こえました。
「良かったね。」

鈴木が驚いて振り返ると、窓から差し込む光に照らされてキラキラ輝くマリンちゃんが
微笑んでいました。


タンポポ2へ続く




もどる

inserted by FC2 system