箱女



冬の夕暮れ時・・・。
急いで帰っても、誰も僕を待ってはいない。
寒々とした独りぼっちの部屋。
TVの音だけが響く。
冷めた目で、ぼんやり眺める画面。
虚ろな時間。

今日は、わざと遠回りしてみた。
初めて歩く路地裏の道。
電信柱の横に積み上げられたゴミ袋の塊。
誰も清掃しない汚れた溝。
異臭に満ちた空間。
薄汚れた僕。

大型テレビの空き箱がポツンと置かれていた。
潰すのすら面倒に思われたのだろう。
捨てられた箱。
用無しの箱ひとつ。

気にも止めずに横を通りかかった時に、箱の中から声が聞こえた。
「もしもし。」女の声だ。
僕は、驚いて立ち止まった。
「ええっ!?箱の中に誰か居るの?」
「はい。あなたを待っていました。」
「僕を待っていた?人違いじゃないのか。この道を通るのは、今日が初めてだぞ。」
「そうですか・・・。
でも、私は、あなたを待っていました。ずっと待っていました。」

妙なことを言う女だ。

「なぜ、箱の中に隠れてるんだ。出てきて姿を見せれば良いじゃないか。」
「どうか、このままで居させて下さい。私の姿を見ずに、お話させて下さい。」

僕は、仕方無しに箱の側にしゃがんで、その女と話を続けた。
どうせ、アパートに帰っても、あの薄暗い独りぼっちの部屋が待っているだけなのだ。

僕は、箱の中の女と話す。
姿が見えない安心感からか、普段は絶対に人に話さない事まで喋ってしまった。
何時間経ったのだろうか?

「キミは寒くないのか?」
「私は大丈夫です。あなたこそ寒くないのですか?」
「僕も大丈夫さ。でも、今日は、もう止めておこうか?」
「そうですね。また、明日、お話しましょう。」

僕は、会社が終わると、箱の中の女の元へ通った。
そして、夜遅くまで話し込んだ。
姿の見えない女。
その女に僕の心は、次第に惹かれていった・・・。

何日目かの夜に僕は、言った。
「そろそろ僕に姿を見せてくれないか?」
「私の姿を見たいのですか?」
「そうだよ。どうしても気になるんだよ。ダメなのかい?」
「もしかして、あなたは私を好きになってしまったのですか?」
単刀直入の言葉だった。
「そうだよ。僕は、キミを好きになってしまったんだよ。」
「それは、私の心を好きになったんですか?
それなら、姿なんか関係無いんじゃないですか?」
「関係あるさ!こんな路地裏じゃなくて、明るい所で話そうよ。」
「あなたは、嘘をついている。
私の心が好きなんじゃない。
私という女を求めているだけ・・・。」
僕は、返事に詰まった。
確かに僕は、この女の身体を求めていた。

翌日は、仕事中も箱の中の女の事ばかりを考えていた。
彼女は、何者なんだろうか?
ひょっとしたら酷い容姿の女なんじゃないのか?
その為に、箱の中に隠れているんじゃないのか?
もしも、そうだったら僕は彼女を愛せるだろうか?

突然、稲光がした。
物凄い雨が降り出した。
「箱が壊れてしまう!!」

僕は、会社を飛び出した。
豪雨の中を夢中で駆けた。

箱は、そこにあった。
潰れた姿で・・・。

それからも相変わらず、僕は、あの路地裏に通った。
でも、あの箱女が現れることはなかった。

僕は近くの電気店で大型テレビの空き箱を貰ってきた。
それを箱女のいた場所に置いて中に入った。
蓋を閉めると真っ暗になった。
時間が消えた。
世界も消えた。

僕の心だけが残った・・・。



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