アリス館で会いましょう



仕事帰り、僕は、いつものように「りつりん」で夕食を食べて
「キンキブックス」の駐車場に車を停めタバコを吹かして一休みしていた。
いつも買っている雑誌を買うつもりだった。

ふと前を見ると1匹のネコがトコトコとこちらに歩いてくる。
口に何かをくわえている。
それを僕の車の前に置くと、またトコトコと何処かへ去って行った。

「何やねん、これ?」

僕は、車を降りてネコが置いて行った物を拾い上げた。
それは手紙だった。

『今夜、10時、アリス館で待ってます。』
それだけが書かれていた。

アリス館というのは、正確には「ふしぎの国のアリス館」のことだろう。
明石海峡大橋が出来て、甲子園フェリーが廃航になり、そこの港にあった
「ふしぎの国のアリス館」というレストランも閉店してしまった。
まだ、店が開いていた頃は、深夜までやっているその店に、夜中に
焼きそば定食を食べに行ったりしていた。

ネコが持ってきた招待状、
閉店しているはずのレストラン・・・。
誰が僕を待っているのだろう・・・?

夜10時、僕はアリス館あるビルの前に立っていた。
店の照明は消えて、真っ暗だ。
当たり前だ、もう、無くなった店なのだから。
それでも、僕は階段を上がり、アリス館の入り口にやってきた。
誰かが僕を待っている。
期待と不安を胸にドアに手を掛けた。

「閉まっていたら帰ったらえーだけや。」

ドアは、ゆっくり開いた!

その瞬間、店内の照明が点けられた。

「ニャー!ニャー!ニャー!」
何十匹ものネコ!

僕は、あっけにとられる。
ネコのパーティ?

店内を奥まで歩く。
窓際のテーブルに白いドレスを着た中学生ぐらいの女の子が座っていて、
僕を見ると、にっこり笑ってお辞儀をした。

「僕を此処へ招待したのは、あんたか?」
「そうです。やっと会えたんです。」
「やっと会えた?どういうことや?ずっと僕を待っとったんか?」
「あなたは、最近、ネコのHPをやってらっしゃいますね。
ネコの言葉を聞こうとされてますね。
だから、招待状の文字が読めたのです。」
「ほんだら今まで、僕に会いたいと思とったんか・・・。」

僕は、少女の前の席に座った。
向かい合って彼女の顔を見ると、何か懐かしいものを感じる。

「ごめんなさい。」
少女は、突然涙を流した。
「何やねん?何で泣くねん?」

少女は、意外な言葉を口にした。
「私は、あなたのお嫁さんになる予定だった者です。」

僕には、何が何やら分からない。

「私とあなたは、運命の赤い糸で結ばれていたのです。
それを私は、自分で断ち切ってしまった。
つまらないことで思い悩み、私は、自分で自分の命を絶ったのです。」
「と、言うことは、あんたは、すでに死んどるんか!?」
少女は、泣きながら無言で頷いた。

僕の運命の赤い糸で結ばれた人は、すでに死んでいた・・・。
そう言えば、思い当たることがある。
僕は、38歳になる今まで、まるで恋愛の神様に見放されているかのように
女の子に縁がなかった。

目の前で泣いている少女、この世には存在しない女の子。
本当は、怖がるべきなんだろう。
でも、僕は恐怖を微塵も感じなかった。
なぜならば、彼女は僕にとっての運命の人なのだから。

「ずっと僕を待っとったんか?一人で?」
「待ってました。でも、私は、あなたと結ばれることは無い。」
少女は、泣き続ける。

僕は、だんだんと彼女が愛おしく思えてきた。
僕と結ばれないことを泣く女の子。
未だかって、そんな人に出会ったことが無いのだ。

「泣かんでも、えーやん。しゃーないやん。」
いつの間にか僕も彼女と一緒に泣いていた。

「私のために泣いてくれるんですか?」
「当たり前やろ。あんた、僕の嫁さんやろ。」
「ありがとう・・・。
これで、私は、あの世に行くことが出来ます。
あなたの赤い糸も、きっと誰かと結び直されるはずです。」
「もう、会えらんのか?」
「はい。もう、会うことはありません。
でも、いつか・・・、輪廻の彼方できっと出会えると思います。」

少女は立ち上がり、窓の方に歩いていく。
そして、振り返り、笑顔で言った。

「あなたは、いい笑顔をしますね。
笑顔は、幸せを呼び込むんです。
あなたは幸せになれます。」

少女の姿は、霧が消えるように薄れて消えた。

「誰かおるんか!?」

入り口の方から声がした。
僕は、咄嗟に裏口から店の外に逃げた。

暗い夜道を必死に走る。
息が切れて立ち止まり、アリス館の方を振り返る。
空には、満天の星。
一筋の流れ星が流れた。

「あなたは幸せになれます。」

僕は、失いかけていた希望を取り戻した。



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