負けないで


僕は、本当につまらない情けない男だ。
ただただ悲観するばかりである。

人に面と向かってバカ呼ばわりされても薄ら笑いを浮かべて
ひたすら善人振るのである。
すると周りの人も図に乗って、ますます僕をバカにする。
僕をコケにしてストレスを解消しているのだ。
この間も、こんな事があった。

教室でゲームの話で盛り上がっていたんだ。
僕は、「そのゲーム、面白いの?」と何気なく聞いたんだ。
すると「お前には、内容が難しくて理解出来ねーよ!」と吐き捨てるように言われたんだ。
自分には理解出来て、僕には理解出来ない・・・。
僕って、そんなに頭が悪いと思われてるんだろうか?
その時も、僕は、ひたすら薄ら笑いを浮かべていたんだ・・・。
「あいつは、何を言っても怒らない。」
昔から、見下げるように、よく言われたよ。

でも、実は、僕だって、腹の中じゃ煮えくり返っていたんだ。
顔では、笑顔を作りながら、心じゃ、そいつをナイフで刺していたのさ。
他人のストレス発散の道具になりながら、僕は、心にストレスを溜め込んでいたんだ。

家に帰って、インターネットをしていて最近、ブログとかいう日記がブームになってる事を知ったんだ。
無料で誰でも始められるらしい。
早速登録して、僕も偽名を使って毎日の嫌な事を書き殴りだしたんだ。
心に溜まったストレスをネットで発散したんだ。
勿論、僕が書いてる事がクラスの奴等に知られたら大変だから、こっそりとね。

ブログを初めて数ヶ月が過ぎた頃、一人の女の子が頻繁にコメントを書き込んでくれるようになった。
全然、宣伝もしてない隠すようにしていたのに、なぜか彼女は、僕のブログを見つけたのだ。
多分、彼女の検索した言葉が引っかかったんだと思う。

初めまして、イズミといいます。
ブログ、拝見しました。
こう言うと失礼かもしれませんが面白かったです。
あなたは、真面目で不器用な人なんですね。
私、そういう人、好きなんです。
応援してますから頑張って下さいね。

>イズミさん
初めまして。
悲劇と喜劇は裏返しといいますから、僕のむかついた話が他人には可笑しいんだと思います。
でも、良いんですよ。笑って下さって。
ある意味、僕も、それで報われるかもって思います。
また気が向いたら、コメントよろしくです。

それからも、イズミさんは、頻繁にコメントを書き込んでくれた。
ある時は、優しく、ある時は、叱られたりしながら・・・。
いつしか、僕のブログは、イズミさんとの交換日記みたいになっていったんだ。
最近読んだ本や聴いた音楽の話とか・・・。
不思議に趣味が合ってて楽しかったんだ。
何だが初めて自分に味方が出来た様な、自分を分かってくれる人が現れた様な、
いつも前向きで明るいコメントをしてくれるイズミさんに僕は、どんどん心を癒されていったんだ。
名前(ハンドルネーム?)以外、何も知らない人なのに・・・。

ところが、突然、イズミさんのコメントが書き込まれなくなった。
「もう飽きられちゃったのかな?」と思ったりした。
僕も何だかやる気が失せてしまってブログの更新を止めてしまった。


あれから、数年が過ぎた・・・。
僕も社会人になり忙しい毎日を過ごしていた。
相変わらず会社でも道化を演じながら心にストレスを溜め込んでいた。
でも、あの頃、イズミさんが例え愛想であっても書き込んでくれた
「不器用なあなたが好きです。」という言葉に心が励まされていた。

あのブログ、今でも残っているだろうか?

最後の更新から数年・・・、もう消されてると思ったけど、あった!
何だか懐かしい。
イズミさんは、今、どうしているのだろうか?

コメント欄に1件の書き込みがあった。
もしや、イズミさん?
クリックしてみた。

初めまして、イズミの母です。
あなたにお知らせして良いものか迷いましたが・・・。
イズミは、亡くなりました。
癌でした。
遺品整理をしていてノートパソコンに残った履歴で
イズミがあなたのブログを頻繁に覗いていた事を知りました。
生前、イズミが『私に似た人をネットで見つけた。』と語っていたのが
あなたなのだと思います。
イズミは、学生時代にひどいイジメに遭い、以来、自宅に引き篭もる生活を続けていました。
そんな時に、あなたのブログを見つけたらしいのです。
あなたが嫌な思いをしながらも負ける事無く生活されているのに感化され
自分も復学しかけた矢先、癌に侵されたのです。
娘は、闘病生活を続けながら、いつか、あなたに会える事を夢見ていたようです。
娘の心に支えになって頂き、ありがとうございました。

正直、誰かの悪戯だと思った。
いや、そう思いたかった。
あんなに明るく前向きなイズミさんが死んだなんて思いたくなかった。
心の支え?それは、僕の方が礼を言いたいのだ。
今、僕がここに居るのは、イズミさんのおかげなんだよ!
僕は、何が何だか分からない状態で、ただ涙が溢れて来るのを止められなかったんだ。

昼間の疲れもあり、いつの間にか僕は眠っていた。
明け方、目が覚めて窓から朝日が昇るのを見た。

どんなに離れてても心はそばにいるわ。

イズミさんの声が聞こえたような気がした。
僕は、いつものように出社する用意を始めた・・・。


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