愛と名付けた女



部屋の流しに、ウジ虫のような小さな虫を見つけた。
気持ちが悪いので、そのままにしていた。
しばらくして、流しを見てみると、その虫が、大きくなっていた。
恐ろしく成長が早い虫だ!
普通の虫ではないことに気付いた。
でも、やはり気持ちが悪いので、そのままにしていた。

翌日、恐る恐る流しを見てみた。
するとあの虫が、10pぐらいの胎児になっていた。
虫ではない!!人間だ!!
もはや放っておけないので、居間に布団を敷いて、そこへ運ぶことにした。
グンニャリした感触が気持ち悪かった。

少し離れて、その胎児を観察してみた。
どうやら女のようだ。
時間をおいて見るたびに、その胎児は成長した。

三日もすると、胎児は、30pぐらいの赤ん坊になった。
その赤ん坊は、僕を見て、可愛い顔で笑った。
裸のままだと可哀想なので、近所の百貨店のベビー服売場で、
服を買い着せてやった。
成長の速度が早いので、気が付くたびに、服を買いに走った。
何も食べないし、排便もしなかった。
この子は、一対、何なのだろう?

一週間もすると、すっかり可愛い女の子に成長した。
自分で、立って歩ける。
言葉は、まだ、「あー。」しか言えない。
僕は、少しずつ、言葉を教え始めた。

「あいうえお、あいうえお、あいうえお・・・」
「ア・・・、イ・・・、ウ・・・、エ・・・、オ・・・。」
「アイウエオは、言えるんだな。
そうだ!お前の名前は、アイにしょう!
お前は、今日からアイだよ!」

アイは、日毎に成長した。
見るのも眩しいくらいの美しい娘になった。
でも、身体の成長に頭が追いつかず、まだ、たどたどしい言葉しか喋れなかった。
僕は、毎日のように、アイのために服を買ってやった。
新しい服を着るたびに、アイは、とても喜んだ。

「アイ、僕が、仕事に行って、家にいない間、部屋で大人しくしてるんだよ。
外に出ると、悪い人がいっぱいいるからね。」
「ウン、ワカッタ。」

それでも、僕は、会社で仕事をしている間、アイのことが気になって
仕方なかった。
悪い奴が、アイに何かをするんじゃないか?
アイが、外に出て行くんじゃないか?
毎日、仕事が終わると、僕は、家に飛んで帰った。

僕が帰ると、アイはいつも、テレビを見ていた。
「アイ、ただいま!」と言うと、満面の笑みを浮かべて言った。
「オカエリナサイ。」

僕は、アイに言葉を教え続けた。
アイは、とても素直ないい子だった。
僕にとってアイは、掛け替えのない存在になっていた。
アイが、側で笑ってくれていれば、それだけで、幸せだった。
たとえ、アイが人間でないとしても・・・。

アイの成長の速度は、緩まなかった。
どう見ても、中年のオバサンに見えるようになった。
でも、アイは、アイだ。
僕にとっては、世界で一番可愛い女だ。

それから、数ヶ月・・・。
アイは、老婆になった。
もう、動く事も出来ず、寝たきりになった。
しわくちゃの顔、手、身体・・・。
声もかすれている。

「アイ、僕の声が聞こえるか?
僕が見えるか?
アイは今でも、可愛いよ。
可愛い、可愛い、僕のアイだよ。」

眠っていたアイが、力を振り絞るように、声を出した。
「イママデ、アリガトウ。」

そして、アイの姿は、消えてしまった・・・。



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