玩具


1995年1月17日(火)AM5:46、三宮・・・。
不気味な地鳴りの後、突き上げるような振動が花山流空手道場を襲った。
離れの住居で眠っていた小学三年生、花山ミドリの身体の上に
瞬間的に何かが覆いかぶさった。
ミドリは、驚きながらも、まだぼんやりした目を開けてみると目に前に母親、望の顔があった。
短いような長いような大きな揺れの後、ミドリは、やっと口を開いた。
「お母さん、何?今の地震やの?」
「お母さんにも分かれへん・・・。今のうちに、庭に出とこ。」

望に手を引かれ、家財が散乱した室内を抜け庭に出ると、同じように着の身着のまま飛び出した祖父母の姿があった。
「おじいちゃん!おばあちゃん!」
ミドリが望の手を離し駆け寄ると祖父母は、抱え込んで喜んだ。
「ミドリ!無事やったか!良かった良かった!」
望は、その姿を確認すると再び家の中に戻ろうとした。
「アカン!お母さん、今、家に入ったらアカン!」
ミドリが叫ぶと望は、振り返った。
「お父さんが集めた玩具を取りに行って来るわ。」
「そんなん、ほっといたらええねん!」
望は、笑顔を浮かべて答えた。
「お母さん、玩具屋の娘やから・・・。」

望が家の中に姿を消して、まもなく大きな余震が起こった。
轟音を立てて花山家は倒壊した。
「お母さん!!」
ミドリの叫び声も辺りの騒音に掻き消された・・・。

海外に派遣されていた陸上自衛隊員、花山大吉が三宮に帰って来たのは一週間後であった。
葬儀も終わり、望が埋葬された冷たい墓石に大吉は、取りすがって猛獣のように慟哭した。
「望ーーーーっ!望ーーーーっ!」
ミドリは、その姿を眺めながら心で呟いた。
「お父さんのせいや!お父さんのせいで、お母さんは死んだ!」

まるで魂の抜け殻のようになった大吉は、門下生達が集まって再建工事の進む家にも帰らず
自衛隊も除隊し盛り場で飲んだくれた。
いつものように飲み屋の隅で朦朧としていると隣に座った男がいた。
桑田だった。
「花山さん・・・、今のあんたやったら、俺、簡単に勝てますわ。」
「何やと!?よー言うた!表に出れや!」
大吉が殴りかかると桑田は、何発もパンチを浴びた。
殴られても殴られても大吉のパンチを受け続けた。
「何で殴り返さんのや!かかってこいや!」
桑田は、血だらけの顔で言った。
「俺には、これぐらいしか出来らんから。」
「・・・、スマン桑田君。」
大吉は、しょんぼりと夜の闇に消えた。

そんな大吉に、また悲しい出来事が起こった。
病院に入院中だった望の育ての親、高峰源蔵が危篤状態になったのだ。
病室に飛び込んできた大吉は、源蔵の手を取った。
「オッサン!死んだらアカンぞ!あんたまで死んだら、俺は、どないしたらええんや!」
源蔵は、うっすらと目を開け、努めて明るい声を出した。
「おお、大ちゃん、来てくれたんか。そうか、そうか。」
「オッサン、死ぬなよ!元気になってくれよ!」
「ははは・・・、ワシは、もうアカン。望の居るとこに行くわ。」
「何言うてんねん!」
大吉の目に涙が溢れた。
「大ちゃん、元町のワシの店な、大ちゃんにやるわ。
あんな物しかワシが残せるものは無いけどな。」
「店やったら、またオッサンがやったらええやんか!」
「アカン。あの店は、大ちゃんにやる。前から決めとったんや。」
「俺は、オッサンに貰ってばっかりや。奪ってばっかりや。」
「何を言うんや。望は・・・、あの子は、大ちゃんのおかげで幸せやったよ。
ワシも大ちゃんに幸せにしてもろたんやで。
あんたは、ええ子や。ええ子やで。」
微笑みながら目を閉じた源蔵の手を大吉は、いつまでも離さなかった。

数日後、JR高架下にあるタカミネ玩具店の店内を片付ける大吉と桑田の姿があった。


時は流れ2000年夏・・・。
中学三年生になったミドリは、ある噂話を耳にした。
JR元町駅の高架下にあるという不思議な玩具屋の話だ。
その店では、どんなに壊れた玩具も修理してくれる店長が居るらしい。
どんなに入手困難な玩具も取り寄せてくれる。
しかも、その男は、身長2メートルを超えるヒグマの様な風貌だという。
「お父さんだ!」

ミドリは、母親が亡くなって以来、大吉とは、一切、口を利いていなかった。
15歳になったミドリには、母親が死んだのは大吉のせいではない事を理解出来ていた。
子供の頃から不在がちで馴染み難かった上に、現在も店で生活をしている父親は
遠い存在のように思われていたのだ。

家に帰ると、ミドリは、押入れの奥から大きな段ボール箱を出してきた。
中には地震のとき、望が取りに行った壊れた玩具が入っていた。
それをバッグに詰めると大吉の店に向かった。

小さな頃に何度か訪れたタカミネ玩具店。
入り口のショーウインドウにはレトロな玩具が飾られている。
ミドリが店内を覗くとスキンヘッドで目つきの鋭い桑田が顔を出した。
「ミ、ミドリちゃん!?」
店の奥に座っていた大吉も驚いた。
「ミドリ!?」

髪も髭も伸び放題で、噂どおりヒグマの様な大吉の前にミドリは立った。
無言でカウンターの上にバッグを置き、そのまま立ち去ってしまった。

一月ほど経った日のこと。
ミドリのバッグが部屋に戻っていた。
修理された玩具は、新品の様になっていた。
その一つ一つをミドリは、自分の机の上に並べた。
「女の子向きの玩具ばっかりやんか。」


夏も終わりを迎えようとする頃、花山大吉は、メリケン波止場にあるみなと公園に居た。
その日は、亡き妻、望の誕生日だった。
時には、幼いミドリを連れて望と過ごした場所だった。
階段に腰掛け、ぼんやり海を眺めている大吉の前に女の子が立った。
ミドリだった。
ミドリは、突然、大吉の前で踊り始めた。
まるで天に舞う妖精のような見事なクラシックバレエだった。

「お父さん・・・、ビックリしたやろ?
私、お母さんにバレエ習っててんで!」
「そうか・・・、望が・・・。」
「実は、お父さんに、御願いが有るねんけど・・・。」
「何や?」
ミドリは、大吉をまっすぐ見ながら言った。
「私、宝塚に入りたいねん。音楽学校、受験してもええかな?」

大吉の目に、出会った頃の望と美しく成長したミドリが重なって見えた。
「おう!ええぞ!受けたらええ!」

顔を見合わせて微笑む父と娘。
その向こうに沖に向かう船が青い海に白い波しぶきを上げていた。


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