大吉と望



1984年・・・、
自衛隊員花山大吉は、休暇を故郷で過ごすため神戸三宮に帰ってきた。
肩で風を切り、高架下商店街を歩いて行く。
「オッサン、元気やったか!?」
「おー、大ちゃんやないか!相変わらず悪そうなツラしやがって!」
学生時代、番長で鳴らし、数々の武勇伝を残した大吉は、今でも有名人である。

「イタタタ・・・、止めてくれ!」
「じゃかましいわい!期限は、とっくに切れとるんじゃ!」
大吉は、声が聞こえた玩具屋を覗き込んだ。
ヤクザ風の男二人が、老人をつるし上げている。
「お前ら、何しとるんじゃ!?」
見かねた大吉は、間に割り込んだ。
ヤクザ達は、大吉の巨体を見て一瞬ひるんだ。
「お前こそ、何じゃ!?」
「俺は、花山大吉じゃ!理由が何であれ年寄りに暴力を振るう奴は俺が許さん!」
「何やと!おんどれ殺されたいんか!?」
大吉とヤクザは睨み合いになった。
兄貴分らしい男が、口を挟んだ。
「まあ、こちらとしては、貸した金さえ返して貰えたら文句は無いんや。おい、桑田、行くで。」

ヤクザ風の男達は帰っていった。
大吉は、店で老人にお茶を出して貰い、話を聞いた。
「高峰のオッサン、何があったんや?俺に話してみーや。」
「いや・・・、ちょっと金の要ることがあってな。サラ金で50万円程借りたんや。
そしたら、いつの間にか利子が膨らんで300万円になってしもたらしいんや。
そんな金、ワシに返せる訳が無い。
そんで、あいつら金の替わりに此処の土地を渡せ言うとるんじゃ。」
「ムチャクチャな話や・・・。そんな金、返さんでもえーやんか。」
「そうもいかんやろ?相手はヤクザやで。」

その時、店に一人の女の子が入ってきた。
「お爺ちゃん!」
「おー、望!今日は、学校休みか?」
「うん。だから、お店手伝いに来たの。」
大吉は、望の姿を見て固まってしまった。
「ベッピンさんじゃー!!この子、オッサンの孫か!?」
「ああ、孫の望じゃ。今、宝塚音楽学校に通うとるんじゃ。」
望は、大吉に会釈をし自己紹介をした。
「初めまして、高峰望です。」
「望かー!えー名前じゃー!俺は、花山大吉じゃー!」
「大吉さん?あなたも良い名前ですね。」
「おー、サンキューじゃー!」
大吉と望は、顔を見合わせて笑った。

二人組のヤクザは、事務所へ戻る道すがら話していた。
「綾小路さん、何で、あの時、止めたんですか?」
「お前も、あいつの目を見たやろ?あれは極道の目やで。
それも筋金入りのな。
あのままケンカになっとったら、お前、命は無かったで。」
「ほんだら、このまま引き下がるんですか?」
「まー見とけや。俺に考えがある。」

夜になり、タカミネ玩具店もシャッターを降ろした。
後片づけをする老人を残し、大吉は望を駅まで送った。
大吉は、思い切って望に聞いてみた。
「お前、高峰のオッサンが、えらい借金抱えとるの知っとるか?」
「えっ!!本当ですか!?」
「アチャー!お前知らんかったんか!いらんこと言うてしもた!」
「多分・・・、私の入学金です。お爺ちゃん、何も言わなかったけど無理してたんやわ・・・。」
「お前、親がおるやろ?親が金出したんと違うのか?」
「両親は、私が子供の時に離婚してるんです。
私は、母に引き取られたんですけど、母は再婚して、今は大阪に住んでます。
私、そこに居づらくてお爺ちゃんと暮らしてて・・・。」
「そーか・・・。お前も苦労したんやな。これからは、俺に何でも相談せえや。なっ!」
「ありがとう。大吉さん。」

大吉は、毎日、タカミネ玩具店に通った。
店の奥に陣取り、まるで用心棒気取りだった。
でも、目は望の姿を追っていた。

大吉の休暇も最後の日を迎えた。
翌日には、また任地へ戻らなければいけない。
後ろ髪を引かれる思いで、望と別れ実家の花山流空手道場に帰ってきた。
自分の部屋でぼんやりしていると電話のベルが鳴った。
「大ちゃん!ワシじゃ、高峰じゃ!望がさらわれた!」
「何やとー!?」

大吉は、大急ぎでタカミネ玩具店に戻った。
「オッサン!望は誰にさらわれたんや!?」
「あいつらや・・・、あのヤクザや。」
「クッソー!!あいつらの事務所は何処じゃ!?」

山岡興業事務所・・・、
1台の大型トラックが大音響を立てて突っ込んできた。
奥からヤクザ達が、わらわらと飛び出してくる。
「何処の組のモンじゃー!?」
扉を開けてトラックから悠然と降りてくる花山大吉。
「俺は、陸上自衛隊員、花山大吉じゃ!戦争しに来たで。」
昼間のにこやかな笑顔は消えている。
「ボケがー!いちびった真似さらしやがってー!」
ナイフを構えて飛びかかる連中を目にも止まらぬ早さで、はじき飛ばし一喝した。
「雑魚は、すっこんどれ!!」
なおも飛びかかる男の襟首を掴み、奥のドアに投げ飛ばした。
ドアは壊れ、中にいた綾小路は怒鳴った。
「何じゃ!?何が起きたんじゃ!?」
投げ飛ばされた男は、頭から血を流しながら言った。
「鬼・・・、鬼が来た。」

大吉の巨体が部屋に入ってきた。
ソファーに座っている望、望にナイフを突きつける桑田、奥の机にふんぞり返った綾小路。
綾小路は、平然として言った。
「おいおい、何のつもりや?」
「それは、こっちの台詞や。望は返してもらうで。」
「返す?このお嬢ちゃんは自分から此処へ来たんやで。」
「何やて!?ホンマか、望?」
望は、俯いて言った。
「私が風俗店で働けば、お爺ちゃんの借金を帳消しにしてくれるって言われて・・・。」
綾小路は、得意気に話す。
「聞いたか?ここは、大人しく引き下がった方がええんとちゃうか?」
「オッサンは、借りた金は返しとるはずや。」
「あー、100万だけな。あと利子の200万は不足しとるわなー。
それをお嬢ちゃんが身体を売って返してくれるんや。文句は無いやろ?」
「どない考えてもおかしい。筋が通ってないで。」
桑田が怒りだした。
「ガタガタぬかすな!兄貴が帰れ言うとんじゃ!この女、此処で殺すぞ!」
桑田を睨み付け大吉が言った。
「望に少しでも傷を付けてみい。この組の連中、全員、皆殺しじゃ!」

パン!パン!パン!
銃声が鳴り大吉の身体が揺らいだ。
綾小路がピストルを撃ったのだ。
「キャー!!」
望の悲鳴があがる。
が、一瞬、大吉の身体が消えた。違う!素早い動きで後ろに回り込み
ピストルを奪い綾小路のこめかみに突きつけた。
「お前、人間か?」
綾小路が額から汗を流し呟いた。

大吉は、桑田を睨みながら言った。
「おい、お前!高峰のオッサンの借用書持って来いや。」
「あ・・・、兄貴・・・。」
綾小路は、身体をこわばらせたまま言った。
「こいつの言うとおりにせえ。」
借用書を片手で受け取ると大吉は、灰皿の中で火を点けた。
「これで、文句は無いな。」

望を連れて部屋を出ていく大吉は、振り返り綾小路に言った。
「俺は、自衛隊員や。日本を・・・、お前らを守る為に働いとるんや。これからもな。」

壊された事務所で放心状態の綾小路と桑田。
「おい、桑田。」
「何ですか、兄貴?」
「お前、今まで生きてきて、あんな無茶苦茶な男、見たことあるか?」
桑田は、無言で首を振った。
「一直線や。あいつは、一直線の男や。ほんまのアホやで。」
綾小路は、大声で笑い出した。
桑田も愉快な気持ちになり、二人で笑った。

大吉は、病院へ運ばれた。
さすがに銃弾3発は、ダメージが大きかった。
望は、毎日のように看病に訪れた。
大吉は、心配して尋ねた。
「お前、学校に行かんでえーのか?」
「学校は、辞めます。」
「何でや!?宝塚の舞台に立つのが夢と違うのか?」
望は、晴れやかな顔で答えた。
「もっと素晴らしい夢を見つけたから・・・。」
「何じゃ、それは?」
「あなたのお嫁さんになること。ダメ?」
大吉は、顔を真っ赤にした。
「よ、よし!これからも俺は、お前の用心棒になったるわ。」

綾小路は、一人で全責任を取り総長の前で自分の男性自身を切り落とした。
男を売って生きてきた綾小路は、命をかけて男を捨てた。
桑田は、自慢のリーゼントを切り、頭を丸めた。

1985年5月5日、大吉と望の間に娘、ミドリが生まれる。
海外に派遣されていて不在の大吉の替わりに病院で付き添ったのは
組を辞めた綾小路と桑田だった。



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