エミちゃん


うららかな陽気の休日。
一人暮らしのアパートの一室。
僕は、実にゆったりした気分でうたた寝をしていた。
ふと、誰かの視線を感じて目が覚めた。
そんなはずは無い。
誰かが側にいるはずが無いのだ。

薄目を開けて、ぼんやりと辺りを見回す。
1メートル程の空中に白い風船が浮かんでいた。
いや、違う!
首だ!女の生首が浮かんでいるのだ!
僕は、飛び上がるように起きあがり、その生首をマジマジと見た。
笑っている。
生首が僕を見て微笑んでいるのだ!
こんな明るい昼間にオバケが出るのか?
僕は、声も出ずに生首を見つめ続けた。
よく見ると可愛い顔立ちをしている。
ただ、空中に浮かんで、僕を見て微笑んでいるのだ。

こんな場合、警察に届けた方が良いのだろうか?
それとも保健所だろうか?
どちらにしても、この生首は撤去されるだろう。
もう随分、長い時間が過ぎた。
どうやら害は無さそうだ。
安心したら、お腹が空いてきた。
カップラーメンでも食べてから考えるとしよう。

僕が食事をしている間、生首は、相も変わらず近くに浮かんで、僕を見て微笑んでいる。
「こいつ、結構、可愛いかも?」
僕は、少なからず興味が湧いてきた。

「キミは、何ていう名前なの?」「・・・。」
「お腹は減らないの?」「・・・。」
何も言葉を喋らない。

試しに食べかけのカップラーメンを口の近くに持っていった。
生首は、実に美味しそうな顔をして、それを食べた。
食べた物が何処に消えるのかは分からない。
ただ、その生首の美味しそうに食べる顔に僕は惹かれたのだ。

一人暮らしの気楽さから、僕は、毎日、食事は外で済ましていたのだけれど、
あの生首が突然僕の部屋に現れてから、自炊生活を始めた。
料理の専門書も買って、本格的な料理を作り始めたのだ。
生首の美味しそうに物を食べる顔を見るために。

「ただいま〜、生首ちゃん!」
相変わらず、生首は、可愛い笑顔で僕の部屋に浮かんでいた。
「生首ちゃんって呼ぶのも可哀想だな。
よし、キミに名前を付けてやろう。
いつも笑っているからエミちゃんだ!どうだ?」
エミちゃんは、何も喋らず笑っているだけだった。

僕の料理の腕もかなり上がった。
この数ヶ月間、僕は、エミちゃんに美味しい料理を食べさせて上げることに夢中になっていたからだ。

ある日、帰宅するとエミちゃんは消えていた。
「エミちゃん!エミちゃん!」
僕は、部屋中を探したけど、何処にも居なかった。
エミちゃんは、突然僕の部屋にやってきて、突然、姿を消した。

それからも、僕は、料理を作り続けた。
いつ何時、エミちゃんが、帰ってくるかも知れなかったからだ。

また、うららかな休日の午後だった。
料理の下ごしらえをしているとドアをノックする音がした。
扉を開けると若い女の子が立っていた。

彼女は、見覚えのある笑顔で言った。
「ただいま。」
僕も思い切りの笑顔で答えた。
「おかえりなさい。」



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