ノイズ



宏明は、登校拒否の少年だった。
親が強制的に学校へ連れていっても、いつの間にか帰宅してしまい、
担任教師が、いくら誘いに訪れても頑として学校には来なかった。
理由は分からない。
もう何年間も学校には姿を見せていない。

栄治が、転校してきたのは最近のことだ。
勉強も出来て社交性も有る栄治は、すぐにクラスの人気者になり、クラス委員に選ばれた。
栄治が、まずやろうとしたのは、学校に姿を見せないクラスメート宏明を登校させることだった。

栄治が、宏明の自宅を訪れると母親が応対に出た。
「宏明やったら、また海におると思うんやけどな・・・。」
「海ですか?」
「うん。前の浜や。いつも、そこで海を見とるんや。」

栄治が、その狭い海岸に行ってみると同じ年格好の男の子が砂浜に座っていた。
「君が、宏明君か?」
栄治の言葉に怪訝そうな表情を浮かべて宏明が言った。
「誰や、お前?」
そのぶっきらぼうな対応に多少戸惑ったが、努めて笑顔を作った。
「僕は、栄治や。この間、転校してきたんや。」
「ふ〜ん、そうか。俺には、関係無いけどな。」
取り付く島が無いという感じだ。

「なあ、宏明君、学校に来いや。」
「ほっとけ!俺は、学校なんか行かへんのや!」
「皆、君が来るのを待っとるで。」
「嘘や!誰も俺のことなんか待ってへん!」

栄治は、クラスメート達の事を思い出した。
確かに、皆、宏明という同級生の事を忘れ去っているようだった。

「待っとるって!僕が君を待っとるって!」
「何でや?」
「クラスメートやんか!仲間やんか!」
「ケッ!きれい事言うな!」
宏明は、言い捨てると家に帰ってしまった。

それからも栄治は、宏明に会いに海岸へ通った。
何を言っても、脅してもすかしても宏明の態度は変わらなかった。
海を見ながら、怒っているだけだった。

数ヶ月後、栄治は、父親の仕事の都合で、また転校することになった。
栄治は、いつものように宏明に会いに行った。
「僕な、また転校することになってん。」
それを聞いて、宏明は一瞬、驚いたような顔をした。
「そうか・・・。まあ、俺には、関係無いけどな。」
「なあ、宏明君。学校に来いよ。皆、口には出さんでも君を待っとるって。」
宏明は、無言で海を見つめていた。
そして、栄治が去っていく後ろ姿をぼんやり眺めた。

人気者の栄治が学校を去り、クラスは火が消えたように寂しくなった。
誰からともなくカセットテープにクラス全員のメッセージを吹き込み、栄治に送ろうということになった。
皆、思い思いにラジカセのマイクに話しかけた。
最後の一人、宏明は、どうするかということになった。
皆、栄治が宏明を気に掛けていた事を知っていた。
ラジカセを誰が宏明に持っていくかが話し合われたが、皆、気が進まなかった。
ジャンケンで負けた者が代表になり、宏明の家に向かった。

宏明は、玄関に仁王立ちになりクラスメートを睨み付けた。
クラスメートは、事情を説明した。
「カセットテープに、クラス全員の声を吹き込んで、栄治に送ることになったんや。
それで、お前も何か吹き込んで欲しいんや。」
宏明は、なおも無言だ。
「まあ、ラジカセ、置いておくわ。
使い方分かるよな?字、読めるよな?明日、取りに来るから。」
クラスメートは、逃げるように帰っていった。

数日後、栄治の元に1本のカセットテープが送られてきた。
再生すると、懐かしいクラスメートの声が、次々に流れてきた。
ところが、終わりかけの部分は、ラジカセが壊れていたのだろうか?
まるで人がすすり泣くようなノイズが聞こえてきただけだった。



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