セシル



友人に誘われたコンパで、気が付けばカラオケボックスに残っていたのは僕一人だった。
トイレから戻ると誰も居なくなっていたのだ。
僕にも雰囲気で分かっていた。
友人達は、女の子達と古くからの友人のように冗談を言い合って楽しんでいた。
僕は、その輪から弾き飛ばされた様に完全に浮き上がっていた。
何のことはない。
いつものことだ。

笑い声の響く店を後にして、外に出ると雨が降っていた。
傘など持っていなかったので雨宿りに電話ボックスに入った。
ガラス全面にいわゆるピンクチラシが貼られていた。
友人達は、今頃あの女の子達と僕抜きで楽しくやってるんだろうな。
青春を炸裂させているんだろうな。
【恋人紹介します♪】
ヤバイなと思いながらも僕は、チラシに書かれた番号に電話をした。

「お電話ありがとうございます!
当店は前金制になってますが宜しいですか?」
フレンドリーな男の声だ。
金なら、女の子をゲットした時の為に持ってきていた。
今にして思えば惨めな話だ。
「それでいいです。」

男に指定された町外れの路地裏に雨に濡れながら立っていると高級車が横付けされ
一人の女の子が降りてきた。
見た感じ結構可愛い!
「電話くれた人ですか?」
「はい。そうです。」
「私で良いですか?チェンジしますか?」
「いいえ。あなたで良いです。」
「じゃあ、3万円頂きます。」
そんなに要るのか!
今更、辞めますとも言えず素直に払う。
女の子が、待っている車に合図をすると高級車は立ち去った。

「今から私達は、恋人だからね♪」
女の子は、僕に腕を絡めて歩き出した。
僕が、こんな可愛い女の子と相合い傘で腕を組んで歩いていいのだろうか?

「これからどうする?いきなりホテルに行く?」
ホテル!?と言うことは、やはりHも有りなのか!?
「それで良ければ、それで良いです。」
「何、敬語使ってるの?私、彼女なんだよ!」
そうか、僕達は、恋人なのだ。
「キミの名前は?」
「私、セシル!」
セシルって、あなたは外人ですか?どう見ても日本人なんですが。
「僕は、キムラタクヤと呼んでくれ!」
だんだん調子が出てきたぞ。

歩く道すがら僕は、つまらない駄洒落を連発した。
セシルは、その都度立ち止まり、しゃがみ込んで笑うのだ。
僕も愉快な気持ちで雨の繁華街を二人で歩いた。
「セシル!アイスクリーム食べる?」
「アイスクリーム?食べたーぃ♪」
僕は、近くのコンビニに走って2個のジャイアントコーンを買った。
「これ、美味しいんだよ!食べてみて!」
セシルは、素直に包み紙をめくり食べ始めた。
「ほんと!これって美味しい!」
セシルは、まるで小さな子供のようにジャイアントコーンを頬張った。

気が付くと僕達は、ホテル街を歩いていた。
僕は、男らしく、その一軒に彼女を連れ込んだ。
部屋に入ると、セシルは大人しくなった。
明るい照明の中の彼女は、まだ幼さの残る女の子だった。

セシルは、なぜこんな仕事をしているのだろうか?
僕が、ここでセシルを抱いていいのだろうか?

ベッドに並んで腰掛けていると強烈に切ない気持ちになった。
色んな感情が僕に押し寄せてきたのだ。
僕は、セシルに抱きついた。
セシルの胸に顔を埋めると自分でも驚くぐらいの涙が溢れた。
情けないぐらい嗚咽しながら泣いた。
セシルは、黙って僕を優しく抱きしめてくれた。
それだけで僕は、全てが癒されたのだ。

落ち着いて改めてセシルを見た。
そして、見てはいけないものを見た。
セシルの左腕に、無数のためらい傷の跡があったのだ。
気まずい空気が流れた。

その時、セシルの携帯電話が鳴った。
「もう時間切れです。」

ホテルの前まで車が迎えに来ていた。
もう、セシルとの恋人ゴッコが終わるのだ。
「この傘、あげる。」
セシルは、僕に自分の傘を渡すと車に向かって駆け出した。

「セシル!ありがとう!僕を癒してくれてありがとう!」
僕が叫ぶとセシルは振り向いて叫び返した。
「私も、あなたの笑顔に癒されたよ!」

セシルの乗った車は、夜の闇の中に消えた。

僕は、セシルに貰った傘をさして雨の街を歩き出した。

「セシル、頑張れ!セシル、頑張れ!」

まるで呪文のように唱えながら歩いた。



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