ニセモノ家族



幸子は、僕の働く会社にやって来た派遣社員だった。
長い間、大学の研究室に在籍していたということで年齢は、20代の後半ぐらいだった。
僕は、その名前とは裏腹に何か淋しそうな横顔の彼女に惹かれた。
かと言って、気楽に女の子に話しかけられる性格でもない。
ただ遠くから憧れていた。

年末の忙しい時期、仕事の鈍い僕は、深夜まで一人で残業することになった。
ガランとしたオフィス、寒々した空間。
突然、ドアが開き、帰ったはずの幸子が入ってきた。
「お腹、空いてると思って。」
僕は、幸子がコンビニで買ってきた弁当を貪るように食べた。
幸子は、そんな僕を見て笑った。

それから、僕達は、一緒に帰るようになった。
電車の中での短い会話。
それだけで、僕は楽しかった。
毎日が、幸せだった。
やがて、休日には二人で映画を見に行くようになり、彼女が僕のアパートに立ち寄るようになった。
彼女は、僕にとって生まれて初めて出来た恋人だった。
有頂天になった僕は、ビデオカメラを買って彼女を撮影することに夢中になった。
料理を作る彼女、掃除をする彼女、本を読む彼女。
笑った顔、怒った顔、悲しそうな顔。
その全てが魅力的だった。

僕は、彼女と全てを許しあった恋人同士だと思っていた。
なのに彼女が、僕のアパートに来ることがあっても、僕が彼女のアパートに行くことは無かった。
彼女が許してくれなかったのだ。
それが不満だった僕は、彼女のアパートへ行き、管理人に身内だと嘘を言い鍵を借りた。
彼女より先に帰って、驚かそうと思ったのだ。

彼女の部屋は、女の子らしく綺麗に整理されていた。
入って右手にドアのしまった部屋があった。
そこからチラチラと灯りが漏れている。
気になった僕は、ドアを開けて信じられない光景を見た。

まだ若い夫婦と、その父親らしい男の膝に座る女の子。
家族が、食事をしていたのだ。
まさに家族団欒の風景だった。
僕は、声をかけようとして気付いた。
これは、映像だ。リアルなホログラム・・・、立体映像だったのだ。

「見たのね。」
振り向くと幸子が悲しそうな顔をして立っていた。
「これは・・・。」
僕が、訊ねると彼女は、語りだした。
「それは、私が子供の時にビデオで撮影した映像をホログラムにしたものなの。
私が、大学で研究していたのが、立体映像なの。
私は、離婚した両親に捨てられて祖母に育てられた。
恨んでいるはずの両親なのに、私が求めていたのは家族の団欒だった。
父と母と、私が笑う風景だった・・・。」
それだけ言うと、幸子は、その場にしゃがみ込んで泣き出した。
その時、僕は、彼女を慰めるべきだった。
なのに、何も言わずに帰ってしまったのだ。

幸子は、姿を消した。
会社にも来なくなり、アパートも引っ越してしまった。
誰も彼女の居場所を知らなかった。
残されたのは、僕が彼女を撮影したビデオテープだけだった。

僕は、ビデオをTVに映した。
目の前に幸子が居るみたいだった。
休日には、1日中部屋に籠もって幸子のビデオを眺めた。
やがて、会社に行っている時間にも再生するようになった。
僕の部屋に幸子が居るみたいだった。
「幸子、いってきます。」「幸子、ただいま。」「幸子、おやすみ。」

ビデオテープは痛み、TVには砂嵐のようなノイズが映し出されるだけになった。
それでも、僕は、再生を止めなかった。
「幸子、いってきます。」「幸子、ただいま。」「幸子、おやすみ。」

幸子が居なくなって数年が過ぎた。
出張先から帰ってきた会社の同僚が僕に話しかけてきた。
「以前、お前と付き合ってた派遣社員の女の子が居ただろ?
俺、出張先で彼女を見たんだよ。」

僕は、矢も立ても居られない気持ちで電車に飛び乗った。
海の見える小さな町。
彼女の名前を頼りに1軒の家を探し出した。
「御免下さい!」
玄関で声をかけると中から老婆が現れた。
僕を見ると驚いたような顔をした。
「あの・・・、幸子さんは御在宅でしょうか?」
「幸子は、今、病院に入院してるんですよ。
元々、身体が丈夫じゃなかったのに、無理をして働いて。」
「僕は、どうしても幸子さんに会わなければいけないんです。
その病院は何処なんですか?」

奥の方から、小さな足音が聞こえ、3歳ぐらいの男の子が出てきた。
僕は、その子の顔を見て、老婆が驚いた理由が分かった。
「このおじちゃん、誰?」
僕は、怪訝そうに僕を見る男の子の前にしゃがみ小さな頭を撫でながら言った。

「僕は、キミの家族だよ。」




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