タンポポ5
最終話  タンポポのように



マリンちゃんの働いている新宿歌舞伎町のソープランド「エンジェル」に
ヤクザ風の二人組がやってきました。
店長が応対に出ました。
「あのぅ・・・、申し上げにくいのですが、当店では暴力団関係者の入店をお断りしておりまして。」
若い方の男が逆上しました。
「何だと!?もういっぺん言ってみろ!
歌舞伎町で営業出来なくしてやろうか!おおぅ!?」
お店の女の子達も心配になって奥から覗いています。
兄貴分らしい男が制止して言いました。
「サブ、良いじゃねーか。他へ行こうぜ。」
二人が帰りかけたとき、マリンちゃんが飛び出してきました。
「竜ちゃん!?竜ちゃんなの!?」
兄貴分の男が驚いて振り返りました。
「真鈴!?お前、真鈴なのか!?」

…………………………………………………………………………………………………………
20年前・・・。
施設に預けられたマリンちゃんは、毎日、泣いてばかりでした。
いつものように運動場の片隅で泣いていたマリンちゃんに一人の同じ年頃の男の子が
近付いてきました。
「これ、やるよ。」
差し出されたのは、1本のタンポポでした。
マリンちゃんは、受け取りましたが、すぐ顔をしかめました。
「これ、泥が付いてる。汚いよ。」
「ドブの中に咲いてたからな。」
「そんなところに・・・。」
「お前も、その花にみたいになれ!タンポポみたいに強くなれ!」
それが、マリンちゃんと竜二との出会いでした。

マリンちゃんと竜二は、福祉施設で共に励まし合い育ちました。

二人が、中学三年になったある日のこと・・・。
学校の帰り道、並んで仲良く歩いている二人の前に地元の不良達が立ちはだかりました。
「お前ら、施設のモンだろ?
人のお情けで生活してるくせに生意気にアベックで歩きやがって!」
無視して横をすり抜けようとした二人を不良達は突き飛ばしました。
「おい、この女、結構可愛いぜ。」
怯えるマリンちゃんを竜二が、かばおうとすると不良達は殴りかかってきました。
「みなしごのくせに色男ぶるんじゃねーよ!」
竜二は、数人に押さえつけられサンドバッグのようにボロボロに殴られ気を失いました。
竜二が目を覚ますと辺りはもう、夕暮れ時になっていました。
側に制服が泥だらけになったマリンちゃんが座っていました。
マリンちゃんは、微笑んでいました。
でも、目からは涙がポロポロこぼれ落ちていました。
「真鈴!お前・・・。クッソーーーーーッ!!」
竜二は、鬼のような形相で走り去りました。
それが、マリンちゃんが最後に見た竜二の姿でした。
噂によると竜二は、その不良達を探し出し皆殺しにして少年院に送られたということでした。
…………………………………………………………………………………………………………………

「真鈴、お前、何やってんだよ!?何で、ソープランドにいるんだよ!?」
「竜ちゃんこそ、何でヤクザになったのよ!?」
「今直ぐソープ嬢なんか辞めろ!」
「竜ちゃんこそ、ヤクザなんて辞めてよ!」
店長が、間に入って、その場は収まりました。

数日後、竜二は一人で、「エンジェル」にやってきました。
「店長、すんません。真鈴と話をさせてもらえませんか?」

奥から、マリンちゃんが出てきました。
「真鈴、俺がヤクザを辞めたら、お前もソープ嬢を辞めるんだな?」
「うん。約束するよ。」
竜二は、背広の内ポケットから手紙の様な物を出しました。
「破門状・・・、竜ちゃん、それ!?」
「約束だぞ。」
マリンちゃんは、店長に向き直りました。
「店長、急な話で御免なさい。私、ソープランド、辞めます!」
「ええーっ!おいおい、困るよ、マリンちゃん!」
話を聞いていたソフィアが出てきました。
「店長、私、マリンの分も働くから辞めさせてあげて。」
店員の小原も頭を下げて頼みました。
「仕方ないなぁ。まあ、マリンちゃんは、長い間、店を替わることもなく頑張ってくれたからな。」

マリンちゃんは、竜二と並んで店を出ました。
小原が、感極まって叫びました。
「マリンちゃん、バンザーイ!」
お店の女の子、お客さんも出てきて万歳の大合唱になりました。
関係の無い通行人まで万歳を始めました。
「みんな、ありがとうー!私、絶対に幸せになるからね!ありがとー!」
マリンちゃんも泣きながら手を振りました。
二人の姿が見えなくなると小原が、側に立っているソフィアに話しかけました。
「マリンちゃんて、本名で店に出てたんすね。
きっと、歌舞伎町で、あの人が迎えに来てくれるのを待ってたんすよ。」

夜の7:00に渋谷のハチ公前で待ち合わせることにして二人は別れました。
実は、竜二は、組を辞める条件として対抗勢力の組の幹部を殺すことになっていたのです。
竜二は、その男の馴染みの店の前で待ち伏せをしました。
男が出てくると隠し持ったピストルを数発発射し、新宿の路地裏に逃げ込みました。
「やったぞ!真鈴、これから俺は、お前を守ってやるぞ!」
駅に向かって歩く竜二の背中に何かがぶつかりました。
「刺された!!」
崩れ落ちる竜二の目に舎弟のサブの姿が見えました。
「兄貴、すんません!組長の命令なんです!」
竜二の身体から、滝の様に血が流れ出しました。

マリンちゃんは、ボストンバッグを持ったまま朝まで竜二を待ちました。
朝日が昇りだし身体を震わせながらマリンちゃんは、ポツンと呟きました。
「竜ちゃん・・・、また、私の知らないところに行っちゃったんだね。」

マリンちゃんは、ボストンバッグを持ち、海の見える小高い丘の上に建つ
自分と竜二が育った福祉施設の運動場に立っていました。

花壇の花に水をやっていた老婆が気付いて近付いてきました。
「あなた、真鈴ちゃん?」
「そうです、真鈴です・・・、園長先生。」
「大きな荷物を持って、何かあったの?」
「私・・・、もう、何処にも行くところが無いんです。」
涙を流すマリンちゃんの頭に手をのせ園長先生は言いました。
「何を言ってるの。あなたの帰る家なら、此処にあるじゃない。」
いつの間にか、マリンちゃんの廻りに施設の子供達が集まっていました。
女の子が園長先生に尋ねました。
「この人誰?誰かのお母さん?」
園長先生が言いました。
「この人は、みんなの新しいお母さんよ。」
子供達は、大喜びしました。


それから、何度も季節は巡ってきました。
園長先生も他界し、施設の子供達も沢山巣立って行きました。
マリンちゃんも、オバサンと呼ばれる年齢になっていました。
それでも、子供達は親しみを込めて「マリンちゃん」と呼んでいました。

春の日差しが眩しい季節になりました。
一人の女の子が、マリンちゃんに花を見せました。
タンポポでした。
「そのお花、どうしたの?」
マリンちゃんが尋ねると女の子は、「丸刈りのおじちゃんにもらったの。」と言いました。
そのタンポポは、泥にまみれていました。
「そのおじちゃんて、何処に居るの?」
「あそこ。」
女の子が指さす方向に、頭を丸刈りにした中年の男の人が微笑みながら立っていました。
それを見た瞬間、マリンちゃんは、何かに弾かれたように駆け出しました。
「竜ちゃん!!」

マリンちゃんの足元から、沢山のタンポポの綿帽子が輝きながら青空に舞い上がっていきました。


『タンポポ』 おわり



もどる

inserted by FC2 system