タンポポ3
優しさの贈り物



マリンちゃんは、東京郊外の木造アパートに住んでいました。
そこには、田舎から上京してきた人や東南アジアから出稼ぎに来た人達が
住んでいました。
皆、マリンちゃんが、歌舞伎町のソープランドで働いていることを知っていました。
マリンちゃんが、そのことを隠さないからです。
だからと言って誰一人としてマリンちゃんを変な目で見る人はいませんでした。
マリンちゃんは、このオンボロアパートが大好きでした。

昼下がり、出勤するためにアパートの部屋を出たマリンちゃんが鍵をかけていると
ちょうどコンビニで買い物をしてきた隣に住む浪人生山本と出会いました。
「あっ、マリンちゃん、こんにちわ。」
「山本君、お買い物?」
「ええ。徹夜で勉強してて、お腹が空いちゃって・・・。
マリンちゃんは、これからお仕事ですか?」
「うん。これから、最終までね。」
「大変だなー。頑張って下さい。」
「うん。山本君も勉強頑張ってね。」

その日の深夜、仕事から帰ったマリンちゃんの部屋のドアを誰かがノックしました。
「どなたですか?」
「あの・・・、隣の山本です。」
「山本君?こんな時間に、どうしたの?」
「ちょっと、お話があるんですが、部屋に入れてもらえませんか?」
マリンちゃんが、ドアを開けると、いきなり山本が襲いかかってきました。

「キャー!何をするの!?」
「マリンちゃん、俺・・・、俺・・・。」
マリンちゃんは、山川を思いきり突き飛ばし、キッと睨み付けました。
「山本君、私、怒るよ!」
「す、すいません・・・。」
騒ぎを聞きつけて、アパートの人達が集まってきました。
マリンちゃんは、「何でもないから。」と落ち着いて応対しました。
山本は、マリンちゃんの部屋でかしこまって座っていました。

マリンちゃんは、優しく話しかけました。
「山本君、一体どうしたの?
いつもの山本君らしくないじゃない。」
「実は・・・、もうすぐ入試なんだけど、俺、もう二回落ちてるから・・・。
今度落ちたら田舎へ帰ると親父と約束してるし。
何か、不安で不安で・・・。」
「だからって、女の子に襲いかかっていいわけないよね。」
「はい・・・。すみませんでした。」
しょぼくれる山本をマリンちゃんは、励ましました。
「大丈夫だって!元気を出して!絶対、合格するって!」
「そ・・・、そうだよね。今度こそ、大丈夫だよね!」
調子に乗った山本は言いました。
「あの・・・、やっぱりお店以外では、Hはさせてもらえないんですよね?」
「当たり前でしょ!私、プロなんだからね。
お金を払ってくれるお客さんに悪いでしょ。」
「そうだよね。ところで、マリンちゃんとHするのに幾ら必要なの?」
「90分、総額五万円!」
「ゲッ!五万円!またの機会にします。」
山本は、笑いながら自分の部屋に帰っていきました。

数日後、山本の部屋の新聞受けに新聞が溜まっているのが気にかかり
マリンちゃんは、ドアをノックして声を掛けました。
「山本君、居るの?」
しばらくして、ドアが開き、山本が顔を出しました。
「ダメでした・・・。」
山本は、それだけを言うと、俯いて黙ってしまいました。
「じゃあ、田舎へ帰っちゃうんだね。」
「はい。荷物は、もう、まとめました。
それで・・・、東京の最後の思い出に貯金をはたいてマリンちゃんの店に
行きたいと思ってるんだけど・・・。」
マリンちゃんは、優しく微笑みました。
「いいよ。待ってるからね。」

翌日、山本は、ボストンバッグをぶらさげて、「エンジェル」にやってきました。
マリンちゃんの部屋に通されると、恥ずかしそうに言いました。
「俺・・・、勉強ばっかりしてて・・・、女の子知らなくて・・・、
はっきり言って童貞なんだけど・・・。」
マリンちゃんは、微笑みました。
「心配しなくて良いからね。私が、教えてあげるから。
90分間、私は、山本君の恋人だよ。」

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部屋から出ると、山本は、晴れ晴れした顔で言いました。
「俺、この先、誰かを好きになって結婚しても、マリンちゃんのことは忘れないから。
俺を男にしてくれたマリンちゃんを忘れないから。」
マリンちゃんは、山本に抱きついて耳元で囁きました。
「私も、山本君のことを忘れないよ。」

山本は、田舎へ向かう電車に乗り、ぼんやり外の景色を眺めていました。
上着のポケットに違和感を感じて手を入れると中から祝儀袋が出てきました。
中を見てみると五万円が入っていました。
「マリンちゃん・・・、いつの間に?」

空に浮かんだ月がマリンちゃんの顔に見えました。

タンポポ4へ続く



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