勇者の旅立ち



平成2年9月26日、淡路島にUターンした28歳の僕は印刷会社に就職した。
配属されたのは、製版だった。
僕より11歳年上の先輩Hさんが居た。
Hさんは僕に「風俗に行け!」とか「パチンコをしろ!」とか「ファミコンをしろ!」とか悪の道に誘った。
仕事のことなら何でも言うことをきいたが、遊び関係は無視をし続けた。
Hさんは、いかに風俗が素晴らしくゲームが素晴らしいのかを語った。
ただ遊びを語るだけではなく、頻繁に飲みに連れていってくれて可愛がってくれた。
僕は、催眠術にかかったように「Hさんの言うことは正しいかも?」と思うようになっていった。

当時は、スーパーファミコンの時代になっていたが安いのでファミコンを買った。
同時購入したのは中古の「ゼビウス」だった。
昔、GOROのインタビューで細野晴臣が「ゼビウス」は名作だと語っていたのを憶えていたからだ。
大阪に出たばかりの頃、ゲーム喫茶でインベーダーは、よくやっていたのだが「ゼビウス」は、
それから強烈に進化していたシューティングゲームであった。
僕は、文字通りハマッテしまったのだ。
次が、「グラディウス」と「サラマンダー」。
会社から帰ると眠くなるまでファミコンのコントローラーを握っていた。
ゲームにのめり込み始めた僕にHさんは言い放った。
「ドラクエをやれ!」

シューティングは、まさに自分が上手くなるのを実感できて、それが快感だった。
ところがRPGというジャンルは、ストーリーが決まっていてプレイヤーはそれを
追っていくだけらしいのだ。想像するだけで、つまらなかった。
Hさんは、なおも言い続ける。
「○○君は、ドラクエをやる楽しみが残っていてエーなぁ。」
あまりにひつこいので中古の「ドラクエ」を嫌々買った。
やってみると、やっぱり面白くないのだ。
いきなりスライムに殺される。スタート地点から全然進めない。進めないから物語が見えてこない。
1時間ぐらい我慢してやってみる。いつの間にかスライムなど楽勝で倒せるようになっていた。
先に進むと魔法使いが出てきて、また勝てない。
が、これまた我慢してレベルを上げると簡単に倒せるようになるのだ。
すると、また強敵キメラが登場。が、またまた楽勝状態になる。
勝てなかった敵を倒す快感。お金を貯めて装備を調える計算。
面白くなり始めた所で謎に詰まった。
太陽の石は、何処にあるのだ!?
会社に行きHさんに聞くと「忘れた!」と言われる。
そこらじゅう1歩歩くごとに「調べる」コマンド。「無い!」
腹が立ってきて、画面を眺めながらタバコを吸っていると1人の兵士が妙な動きをしてることに気付く。
街の外側も歩けるのか!

試しに兵士の歩いた場所を下へ降りていくと階段発見!太陽の石、ゲット!
さらに謎は現れ、それを自力で解き明かす。
最後のボス、竜王との戦い。勝った!ゲームクリア!
「ドラクエー!お前は凄いぞー!」

速攻で、「ドラクエU」をやる。今度は、3人で協力する設定になっていた。
その分、敵も強い!謎も難しい!ラーの鏡は何処にあるんだー!?
落とし穴にキーッとキレかかる。
チラシの裏にマップを書いて渡りきる。
最後のダンジョンの敵の強さに半泣き状態になりながらもクリア。

続く「ドラクエV」!これからは「復活の呪文(セーブするためのパスワード)」が無い!
意味不明の文字をメモする煩わしさから解放されるのだ。
Hさんは、また謎の言葉を言った。
「Vには、Tの裏面が有る!」
話を進めて、その意味を知ったとき、マジで鳥肌が立った。
「T」、「U」、「V」と続く「ドラゴンクエスト ロトの勇者シリーズ」。
映画より上やんか!こんな物が世の中に存在したのか!

「W」をクリアした後、「ファイナルファンタジー」を始める。
これまた「T」、「U」、「V」と順番通りにやっていくが同じRPGでも「FF」は「ドラクエ」とは別物だった。
主人公に成りきり物語に入り込む「ドラクエ」に対して、あくまでも見せることにこだわる「FF」。
どちらが上等だとは言えないが「ドラクエ」と「FF」は、いつの間にか自分にとって
無くては成らないゲームになっていた。

他人の手垢が付いてるのが嫌だったので、新品の「ドラクエT〜W」を買い直して改めてプレイ。
ファミコンのRPGを軒並みプレイ。
そろそろスーパーファミコンが欲しくなってきた。

それで、スーファミを買って最初にプレイしたのが「ドラクエX」だ。
これは、人の一生をモチーフにしたストーリーで、音楽、演出も素晴らしかった。
伝説の勇者を捜して世界を旅する父子。
物語の中で、お父さんが殺されたり奴隷になったり石にされたり・・・。
ゲームをしながらマジ泣きしたのは、これが初めてであった。
尋常のハマリ方ではなかった。

続く「FFW」、「FFX」、「ゼルダの伝説」、「真・女神転生」・・・。

僕は、異常なくらいゲームに没頭するようになっていた。
3日間徹夜などザラで、休みの日は飯も食わず延々とコントローラーを握り続けた。
案の定、生活に支障をきたし始めていた。

ある日、目覚めると外が暗い。
夜の7:00だった。
仕事に行かなかった。いや、行けなかった。無断欠勤してしまった!
それからも目覚めると昼であったり夕方であったりした。
完全に不良社員になっていたのだ!
皆の前で部長に怒鳴られ、社長に「自分で答えを出せ!」と言われる。
仕事有ってのゲームである。
少しずつゲームに費やす時間を減らし始める。

時代は流れ、ゲームは巨大産業として世間に認知されるようになった。
今日もまた、新しい勇者が誕生していることだろう。

ゲームをやり始めるまでの僕の時間の潰し方は、ビデオを見るか音楽を聴くか本を読むかだった。
今までにゲームに費やした時間が有れば、かなりの事が出来たはずである。
ひょっとしたら彼女も出来ていたかもしれない。
それでも、僕は、ゲームをやらない人に言うのだ。

「ドラクエをやる楽しみが残っていてエーなぁ。」



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