ブラウニー



24歳の時、僕は大阪府吹田市にある鉄工所で働いていた。
JR千里丘駅から吹田駅まで電車、後は歩いて会社へ通った。
途中にクリーニング店があったのだが、そこへ可愛い高校生の女の子が出入りしているのを
何度か見かけた。多分、その店の娘なのだろう。
なんせ、相手は高校生だ。
住む世界が違うのだ。
僕は、たいして気に止めなかった。

同じ会社にOさんという僕より2つ年上の先輩がいた。
Oさんは僕と同じアイドル好きで彼は、中森明菜のファンだった。
会社の帰りには2人で喫茶店に寄ったり、休日には誘い合ってコンサートに行ったりしていた。

例のクリーニング店の横で工事が始まった。
やがて可愛らしい喫茶店が出来上がった。
「ブラウニー」という店名だった。
あまりにも可愛らしい店なので入りづらかったのだが気になって横を通るとき中を覗いた。
なんと、あの可愛い女子高生がカウンターに立っていたのだ!
僕は、早速、Oさんに報告した。
Oさんは、したり顔で答えた。「うん。知ってたよ。」
サスガ、アイドルマニアである。

会社の帰り、2人で「ブラウニー」に行ってみることにした。
出来たばかりの綺麗な店内で例の女子高生が1人で切り盛りをしていた。
恐る恐る話しかけてみると気さくな子だった。
それに気を良くして僕とOさんは先を争って話しかけた。
その女の子は、嫌な顔をせずに答えてくれたのだ。
それから「ブラウニー」は、僕とOさんのオアシスになった。
チケットを買って毎日通った。

ある日、会計の時、僕は思いきって名前を尋ねた。
彼女は一瞬戸惑ったがフルネームを教えてくれた。
彼女の友達らしい女の子がワラちゃんと呼んでいたのは知っていた。
それは名字からきたニックネームだったのだ。

僕とOさんは、ワラちゃんと色んな話をした。
高校を卒業したワラちゃんは、大学に進学する為に親が貯めてくれていたお金を元にして
喫茶店を始めたと言う。
「ブラウニー」というのはピーナツ入りのチョコレートの事であった。

僕は例によって会社で浮き上がっていた。
1つ年下の先輩がいたのだが近所に住んでたからか、やたらフレンドリーだったのだ。
プロレスマニアだったので仕事中でも頻繁に技をかけられたりしていた。
相手は先輩なので、じっと我慢していたのだが、僕も切れた。
迷惑なので職場を変えて欲しいと上司に申し入れた。
上司にすれば一生懸命世話を焼いてくれている先輩に見えていたらしい。
確かに親切にしてくれていたのだが、ひつこかったのだ。
僕は、Oさんと同じ職場に変わったのだが以前の職場の連中から目の敵のようにされていた。
丁度、その頃、会社も倒産寸前で、事業を縮小して伊丹に移転する事が決定していた。
皆、イライラしていた。

僕は、会社のせいか、毎日飲む本格的なコーヒーのせいか胃の具合が悪くなった。
それで、「ブラウニー」ではホットミルクに切り替えた。
ワラちゃんの作るホットミルクは、強烈に美味だった。
たまにピラフも注文したが、これまた美味かった。
まだ慣れていないのか、たまに手を火傷していた。
それが痛々しかった。

Oさんは、趣味でギターを弾いていたのだがワラちゃんの前で自慢を始めた。
「オリジナル曲が200曲有るで!」
ワラちゃんは、「スゴ〜イ!」と感心した。悔しかった。
僕も負けたくはなかった。
「僕の夢は、プロのミュージシャンになることやねん!」と言ってしまった!
ギターも持ってたし詩も書いていた。
でも真剣にやってたわけではない。あくまで趣味だった。

僕とOさんはワラちゃんを巡って張り合った。
お互いに抜け駆けをして「ブラウニー」に行きワラちゃんと2人で話そうとした。
僕は、休日も定期券を使って「ブラウニー」に通った。
熱に憑かれた様に夢を語った。

ある日、ワラちゃんが1枚の名刺を渡してくれた。
ギター教室の先生の名刺だった。
ワラちゃんは、その人と友達なので、そこで本格的にギターを勉強すれば良いと言ってくれたのだ。
僕は、急に気が重くなった。
夢が具体化してしまったからだ。
僕は、それから2度と「ブラウニー」に行くことは無かった。

会社では、Oさんとしか話さない状態だった。
Oさんと仲が悪くなるのは不味かった。
やがてOさんも熱が引いたように「ブラウニー」に行かなくなった。
「ブラウニー」の前に大きなオートバイが停められているのを何度も見かけていた。
ハンサムな男がワラちゃんと談笑していた。
それがワラちゃんの彼氏なんだ、ワラちゃんには彼氏が居るんだと2人で話し合った。

会社では退職者を募っていた。
僕は、伊丹まで通う気も無かったし、気まずい空気にも耐えられなくなっていて退職を希望した。
遅刻も多くなっていて、後1回遅刻をしたら自分から退社しろという嫌がらせのようなことも言われていた。
僕は、わざと電車を遅らせて「今から行ったら遅刻するので今日辞めます。」と言って退社した。
Oさんは辞めずに伊丹まで通うということだった。
Oさんとの付き合いも終わった。

長い間、失業状態が続いた。
失業保険を貰っていたので生活には困らなくて本を読んだりコンサートに行ったりして過ごした。
そんな毎日で、心に引っかかっていたのがワラちゃんの事だ。
僕は、ワラちゃんを傷つけたのではないか?
ワラちゃんは何も悪いことをしていないのに・・・。
あんな良い子は居なかったのに・・・。

僕は、ワラちゃんに年賀状を出した。
僕の住所は書かずに名前だけを書いて。

『ギター教室に行かなくて、すみませんでした。
僕は、ダメな男です。
いつか胸を張って「ブラウニー」に行ける男になりたいです。』


「ブラウニー」は、今も有るのだろうか?



もどる

inserted by FC2 system