チーズのマリモ



冷蔵庫の奥に、丸い古いチーズがありました。
いつ買ったのかも忘れられていました。
冷蔵庫の持ち主が気付いたときには青カビがはえて、
それは、まるでマリモのようになっていました。
もちろん、チーズは生ゴミと一緒に捨てられました。

ここは、町のゴミ捨て場。
カラスが餌を求めて、やってきました。
「何で、こんなところにマリモがあるんだ?」
不思議そうに見つめるカラスに本当はチーズのマリモが言いました。
「私、故郷に帰りたい。」
気まぐれなカラスは、その願いをきいてあげようと思いました。
「俺にまかせな!」
カラスは、マリモを掴むと大空に飛び立ちました。

「お前は北で生まれたんだよな。」
「はい。そうです。」
カラスは、北へ北へと飛んで行きました。
でも、さすがのカラスも体力がつきてきました。
「俺は、もうダメだ!」

ちょうどそこへ、渡り鳥の群が通りかかりました。
「おーい!お前達は北へ行くんだろ?」
「そうだ!北海道まで飛んで行くのさ!」
「頼むから、このマリモを連れて行ってくれないか?」
「お安い御用さ!」
カラスは、渡り鳥にマリモを渡すと地面に落ちていきました。
「おーい、マリモ!元気でやれよ!」
「カラスさん、ありがとう!」

長い時間をかけて渡り鳥は、北海道に辿り着きました。
「お前の故郷は、ここだろ?」
そこは、阿寒湖でした。
「えっ?違う!ここじゃない!」
そう言っても、もう後の祭り。
忙しい渡り鳥は、マリモから手を離していたのです。

マリモは、阿寒湖の底に落ちていきました。
そこには、たくさんのマリモが住んでいました。
「空からマリモが落ちてきた!」
本物のマリモ達は、チーズのマリモの近くに集まってきました。
みんなが見ている前で、チーズのマリモに付いた青カビが落ちていきました。
「こいつは、マリモじゃないぞ!ニセモノだ!何か魂胆があって俺達に化けてたんだ!」

「ニセモノを追い出せ!」
マリモ達は、チーズのマリモを寄ってたかって湖の外へ追いやりました。
波打ち際に流された独りぼっちのマリモ。

近くで釣りをしていたオジサンがマリモを見つけました。
「何だこりゃ?」
オジサンは、マリモを手に取ってクンクン臭いを嗅ぎました。
「こりゃー、チーズだ!上等のカマンベールチーズだ!」
オジサンは、喜んでマリモを家に持って帰りました。

食卓の皿に乗せられたマリモ。
横には、上等のワインの瓶。
ワインが言いました。
「やあ!キミは上等のチーズだね。
ここのオジサンは、ボクにピッタリ合うチーズが見つかって、とても喜んでいるよ。」
「ワタシは、食べられるんでしょうか?」
「そうさ!ボクと一緒に、オジサンに食べられるのさ!」

マリモは、考えました。
自分は、食べられるために生まれてきたチーズなんだ。
自分には、勿体ないくらいの上等のワインと一緒に食べられるのは幸せなことなんだ。

マリモが覚悟を決めたその時、一匹のネズミが体当たりしてきました。
「お前ら、オレの前でイチャイチャするんじゃねぇー!」

マリモとワインとネズミは、床に転げ落ちました。
ワインの瓶は割れ、マリモは、ネズミと一緒にゴロゴロ転がりました。

気が付くと、そこは地面の底でした。
床に開いた隙間から地面の割れ目に落ちてしまったのです。
そこへワインが流れ込み入り口の土が落ち込み塞がってしまったのです。
地面の穴に、マリモとネズミが閉じこめられてしまったのです。

「クソー!お前らが悪いんだ!お前らのせいでこうなったんだ!」
ネズミは怒り狂いました。
「どうしてアナタは、そんなに怒っているんですか?」
「ワインの奴、幸せそうにしやがって!
オレと同じ相方を見つけられない独り者だったくせに!」
「アナタは、淋しかったんですか?」
「違う!オレだけ取り残されるのが悔しかったんだ!」
「だからといって他人を傷つけるのはいけないと思います。」
「そんなこと言われなくても分かってるよ!だけど、無性に腹が立ったんだ!」

長い時間が過ぎました。
ネズミのお腹がグーグー鳴りました。
「お腹が空いてるんですね。」
「そうだ!悪いか!」
「どうぞ、ワタシを食べて下さい。」
「えっ?」
「ワタシを食べて元気を出して下さい。そして、あなたは、ここから抜け出して下さい。」
「オレは、お前達の幸せを引き裂いたんだぞ!」
「今のアナタは、苦しんでいます。だから良いのです。
ワタシも助けられてここまで来たのです。」

ネズミは、マリモに手を合わせムシャムシャと食べました。
ネズミの身体に元気が戻って来ました。
猛烈な勢いで土を掘り、やがて地面から這い出したのです。
そして、何かに憑かれるように草原を走り出しました。
やがて目の前に、大きな牧場が見えてきました。
そこは、マリモの生まれた牧場でした。

ネズミは、口から白い塊を吐き出しました。
形は、いびつになってしまいましたが、それはマリモでした。

「ネズミさん、ワタシ、せっかく故郷に帰ったのに、こんな姿で恥ずかしい。」
「何を言ってるんだ。
キミは、ここで生まれた最高のチーズだよ。」

マリモは、照れて赤くなりました。


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